<鶴崎地区の歴史>二十三夜祭 加藤清正と法心寺
〖<写真クリックで拡大>〗 7月23日は鶴崎の法心寺で毎年二十三夜祭が開催されます。今年は夕涼みに二十三夜祭に行ってみました。 なぜ、名古屋尾張の加藤清正が九州熊本の大名になったのか、また、飛び地の鶴崎<高田の荘>を熊本 […]
《歴史》鶴崎公民館完成記念講演会「大分を知る鶴崎を考える」第一章 大分を知る 第二章 鶴崎を考える
鶴崎公民館の改修工事の一環で大野川側に新しく集会室が完成しました。その完成記念として記念講演会が開催されました。演題は「大分を知る 鶴崎を考える」です。 講師は大分市教育委員会 文化財課 専門官 坪根信也氏です。話はとて […]
<鶴崎地区の歴史>高田村史(旧名)
※高田村史と書きながら、細川藩(熊本藩)と鶴崎地区のつながりが主になっておりタイトル名との違いがありました。しかしこの記事が多くの人に読まれだしこの際タイトルを変更したいと思います。 内容的には旧、新も内容的には変わりま […]
《「高田村志」を読む》 第三章人物 6・毛利空桑
👉鶴崎地区通信(旧鶴崎市・鶴崎地域) 〈画像click拡大〉 第三章人物 6・毛利空桑を読む前に 第三章人物 4で書いた毛利太玄の息子が毛利空桑です。毛利空桑は高田の三哲、紀行平・毛利空桑・岡松甕谷の一人として高田ではよ […]
《鶴﨑地区の歴史》松尾芭蕉の句碑が!高田(庚申松)、鶴崎大神宮、〈松岡〉御手洗神社、浄運寺、薬師堂
〖<写真クリックで拡大>〗 昨年下徳丸自治会から、東陽中学の前のイチョウの木が茂り過ぎて通学や通行の邪魔になるとのことで市にイチョウの木の剪定を依頼していました。最近散歩しているときれいに剪定され見通しも良くなっていま […]
《高田の歴史》肥後・臼杵御領御境筋分間絵図 (高田校区公民館 蔵) 1/3 2/3 3/3
〖<写真クリックで拡大>〗 絵図その1 肥後・臼杵御領御境筋分間絵図 ふるさとの歴史教室(鶴崎地区文化財研究会)の村上浩明氏(川添 宮河内)が上記の絵図を見せてほしい、と高田校区公民館を訪問された。 村上氏は江戸時代に川 […]
《大分を歩く》第18回大野川合戦祭
👉大分を歩く 3年ぶりに大野川合戦祭が開催されるとでていたため、早速見に行ってみました。今年は南こうせつのライブもあるとのことでこれまでにもなく多くの人が来ていました。13時の開会式から鉄砲隊の演武や騎馬疾走を見入ってい […]
明治維新後の高田(その2) 高田の行政フロー図
(その1)で明治維新後の高田が熊本藩(細川領)から大分県大分市になるまでの流れをフロー図の簡略にまとめてみました。(その2)として高田の行政の流れをフロー図にしてみました。 (PDF) 表示 jpeg画像で表示
明治維新後の高田(その1) 村から大分市までのフロー図
高田地区はどのように変わって来たか その1 (明治維新以降)の投稿をわかりやすくフロー図にしたものです。明治維新後、廃藩置県により藩が廃止され高田の9村が、6村になり、高田村になるまでの流れをわかりやすく整理してみました […]
高田地区はどのように変わって来たか その1 (鶴崎地区の明治維新以降の変遷)
1・藩から県へ ・明治の初め、大分県には県がいくつあったでしょうか? ・高田は今は大分市、その前は鶴崎市、ではその前は? 1868年明治維新があり、このときに全国に置かれた地方公共団体は「府」と「県」のみで、その数は全国 […]









