今回第5回は最終章「将来の部」工業・商業をアップしたいと思います。
なお、今回は今までのように原文に忠実に書き直すのではなく、見出しなどを入れ、わかり易い文体に代えてみました。

高田村是 【将来の部】 工  業

                 工    業

工業の現状と特産品

工業生産の全体像と営業用生産品

当村の工業生産は、織物、蚕糸(さんし)類、茶類、鍛工(たんこう)類、雑類、醸造等類の6種類であり、その総額は3万4,049円31銭9厘にのぼる。

しかし、織物、蚕糸類、茶類はすべて自家用(家庭内での消費)であり、雑類にいたってはわずかに下駄、菓子、小麦粉の3種類に過ぎない。醸造等類の味噌や醤油も自家用である。そのため、営業用(販売目的)として生産されているものは、以下の通り限られた品目となっている。

  • 清酒: 8,981円35銭9厘
  • 鍛工類: 4,785円90銭
  • 菓子: 715円
  • 下駄: 180円

これらを村内の消費量と比較すると、村外へ「輸出(移出)」する余裕があるものは、清酒と鍛工類がそれぞれ4,000余円あるだけで、取り立てて数え上げるほどのものではない。このように当村の工業は極めて小規模な状態であるため、あえて奨励(後押し)すべきほどの産業形態もなく、また、新しく起業するのに適した産業を見つけることも困難な状況である。

当村の特産品「鎌鍛冶」と独自の販売慣行

しかしながら、鍛工類のうち「薄鎌(うすがま)」は生産額の7割5分(75%)を占めており、本村の鍛工は「鎌鍛冶(かまかじ)」と呼ばれるほど盛んである。その製品は長年にわたり、近隣の町村はもちろん、遠く離れた他の郡や他の県へも輸出され続けている。

販売者もまた、全員が村民である。彼らは「鎌入れ」と称して、春の時期にそれぞれの得意先である各農家にあらかじめ鎌を配っておき、秋の収穫期になってからその代金を回収することを慣例としている。これは当村の確固たる特産品として数えるべきものであり、次第にその評判(声価)も高まりつつある。

工業の発展策と将来への展望

信用第一の販路拡張

したがって、事業を営む者は、ますます奮起して鍛造の技術に精魂を込め、販売においても「薄利多売」をモットーとして信用を重んじ、販路の拡張によって輸出(移出)を増やすよう図ることが極めて重要である。

生産目標と将来の純利益予測

そこで、事業者に期待したいことは、生産者と販売者が互いに力を合わせ(協心戮力)、毎年、現在の生産額から「5分(5%)」ずつ生産を増加させることである。

もしそうなれば、7年後には3割5分(35%)の増額となり、1,247円40銭の増加となる。この増産にあたって材料費が3割(代金の30%)かかったとしても、その純利益は873円18銭になるはずである。

高田村是 【将来の部】 商  業

商業

1. 商業の現状

現在の商業の状況を見ると、専門店(専業の商家)はわずか8戸しかなく、兼業の業者を合わせてもようやく91戸に達する程度である。 その収益は1万87円81銭であり、いずれも小規模な資本で細々と営まれているに過ぎず、ただ村内の需要を満たすだけで精一杯である。

他町村(村の外)を得意先として営業しているのは、店舗を構えて商売をする「居商(いあきない)」と、移動して商売をする「行商」で、それぞれ以下の通りである。

店舗を構える商売(居商):計4戸

  • 金物商: 2戸
  • 雑貨商: 1戸
  • 時候物商(季節商品): 1戸(※ただし卸売商であり、収益は2,214円75厘)

移動して行う商売(行商):計51人(収益:3,079円50銭)

業種人数業種人数
鎌入商(鎌などの刃物販売)22人金物商17人
小間物商(日用雑貨・化粧品)4人古手商(古着屋)2人
種物商(種苗)1人仏具商1人
紙商1人針縫商(裁縫道具など)1人
呉服反物商1人雑品商1人

2. 今後の課題と方策

商業の発展は、地理的条件、交通の便、資本の有無などに左右されるものであるため、本村において商業が不振な状態にあるのは自然の成り行き(仕方のない情勢)とも言え、今ここで具体的な奨励策を定めることは難しい。

しかしながら、「鎌入商」は従事者が最も多く、最も有望な実績を上げつつあるため、前項の「工産部」で説明したように、鍛冶職人(鍛工)と力を合わせて確実な発展を図らなければならない。

また、「金物商」も従事者が多く、郡内の他の町村はもちろん、その他の地域にもほとんど例を見ないほどの規模である。これは結局のところ、鍛冶職や鎌入商に刺激を受けて(連動して)今日のビジネス形態になったものと考えられ、徐々に人員も増加している。 したがって、先んじて始めた者は親切に後進の者を指導し、さらなる利益の増加に努めること、これこそがまさに「村是(村の基本方針)」の一つである。

3. 産業組合の必要性と目標

さらに、本村の地理的条件や人情(住民の気質)を考えると、「産業組合(現在の農協や生協のような組織)」の設置は最も差し迫った重要な事項である。 この組織自体はすでに結成されているものの、組合員はわずか90戸に過ぎず、現在の全世帯数のようやく5分の1にとどまっている。1年間の利益も、創立直後であるためにわずか113円である。

しかし、この利益(剰余金)を現在の2倍に増やすことは容易なことであり、確実に立証できる根拠もある。そのため、勧誘や奨励を進めて、今後7年間で組合員数を現在の4倍(約360戸)に達せさせるべきである。 それが達成されれば、少なくとも毎年984円の利益を確実に得られるはずだ。

なお、現在は主に「購買(資材などの共同購入)」に留まっているが、今後は野菜類、穀物類、蚕の繭などの「共同販売」を行うようになれば、その利益は非常に大きなものになることは間違いない。組合が発達するにつれて資金の融通もますます潤沢になり、村の産業発展に大きく貢献するものと確信している。

高田村是 【将来の部】   貯  蓄

当時の高田村では貯蓄の習慣がなかなか定着せず、行政(県知事・県令)の指導によってようやく始まった「勤勉貯蓄組合」の仕組みを、今後はさらに強化・永続させていこうという強い決意が描かれています。

貯蓄

1. 貯蓄の本来の意義と村の現状

貯蓄とは、よく働き、節約して得られた余剰の財産を蓄えておくことであり、それによって「他人に頼らず自分の力で生活を営むこと(独立自営)」や、「災害・飢饉などの予期せぬ危機への備え(凶荒予備)」の資本に充てるべきものであるというのは、一般的な共通のルールである。

しかしながら本村においては、大体においてこの貯蓄の目的を勘違いしている。たまに貯蓄をする者がいないわけではないが、貯めたお金をすぐに引き出してしまい、単に目先の衣食の費用(生活費など)に消費して、二度と貯蓄をしようと思わない者が多い。これまで長い間、貯蓄の奨励を試みてきたものの、目に見える実績を上げることができないのは、実に遺憾(残念)なことである。

2. 貯蓄組合の発足と課題

そのような中、明治35年(1902年)の大分県知事の訓示に基づき、同年10月に県令(県の法律)によって発布された「勤勉貯蓄組合準則」に従って、当村でも組合の認可を受け、規約に基づいた貯金の実行に移るようになった。この点については喜ぶべきことである。

しかし、それでもなお、ともすれば義務づけられた積立額(ノルマ)の貯蓄を怠る者がいるのは、嘆かわしい限りである。

3. 将来の目標(方針)

したがって、将来的には一層の督励(強い呼びかけや指導)を加え、組合員が積み立てるべき最低金額を現在の2倍に引き上げる。 また、これまで「10年間」と定められていた組合の期限を廃止し、この取り組みを永久に存続(継続)させることを目指すものである。

原 文

工  業(原文)




             工 業
工業生産は織物、蚕糸類、茶類、鍛工類、雑類、醸造等類の六にしてその金額參34,049円31銭9厘なり。而して織物、蚕糸類、茶類は全然自家用にして雑類は僅に下駄、菓子、小麥粉の三種に過ぎず。醸造等類の味噌、醤油また自家用にして営業的工作品は鍛工類の4,785円90銭、下駄180円、菓子715円、清酒8,981円35銭9厘なり。これを村内の消費と比較する時は、幾分輸出の余力のあるものは清酒と鍛工類と各4千余円あるのみにしてあげて数えるに足らず。
 かくの如く微々たる状態なるを以て奨励を施すべく業体なく、又新に起業に適当するものを発見する能わず。
 然れども鍛工類中の薄鎌は生産額の7割5分を占有し、本村の鍛工は鎌鍛治と称せらるほどにして、その製品は多年附近町村はもとより遠く他郡他県に向かって輸出ニ向ツテ輸出し来たりつつあり。
販売者もまた皆村民にして、鎌入れと称し春季各々の得意向の各農家に供給し置き、秋収に至ってその代金を回収するを例として一つの特産として数えるべきものにして、漸次声価を高めつつあり。
 されば営業者たるもの益々奮って鍛錬に丹精を凝らし販売もまた薄利多売を旨とし信用を重んじ販路の拡張を以て輸出増加を図るべきは緊要とする所たり。故に営業者に期待せんと欲する所のものは生産者と販売者と協心戮力<きょうしんりくりょく たがいに力を合わせること>以て毎年年現在より五分宛(ごぶあて)の生産を増加するにあり。然るときは7ヶ年ノの後には3割5分の増額を来し、1,247円40銭を増す。これが材料に三割代金を要するとするも、その利益の873円18銭となるべし。


商 業(原文)


                 商  業

商業の現況を見るときは専業商家僅かに八戸にして専業者及び県業者を合わして漸く91戸なり。
その収益は10,087円81銭にして何れも小資本の微々たるものにして唯村内の需要を充たすに止まり他町村を得意先にするは居商(いあきない)として金物商2戸、雜貨商1戸、時候物商1戸(但し卸商にして収益2,214円75厘)、行商としてとして種物商1人、小間物商四人、佛具商一人、紙商一人、針縫商一人、吳服反物商一人、古手商2人、金物商17人、鎌入商22人、雜品商一人 (計51人收益3,079円50銭)なり。
その業の発展、地理、交通、資本等の関連に基づくものなれば、本村に於て不振の状態を示は自然の状勢によるものにして、今ここに奨励方策を定る能わず。
然れども鎌入り商従業者最も多く、最も多くかつ有望なる成績を示しつつあるものなれば前頂工產部に説述せる如く鍛工と相俟つて確実なる発達を図らざるべからず。
金物商もまた従業者多きこと郡内他町村は固より其他にも殆んど其比を見ず。これ畢竟鍛工及鎌入商より衡動せられて今日の業体を見るに至りたるものの如し。而して漸次人員増加を示しつつあり。先進社は須らく親切に後進者を導き、一層利潤増加に努るはこれ即ち村是の一端たり。

而して地理人情等より接するに産業組合の設置は最も緊要の事に属す。これが組織既に成ると雖も組合員僅かに90戸にして漸く現住戸の5分の1なり。ーケ年間の利益も創立当時なるを以てまた僅かに113円なり。然れどもこの余剰を現今の二倍にせしむべきは易々たることにして確に立証すべきは根拠あり。故に勧誘奨励を加え七ヶ年間に組合員を現在の四倍に達せしむべし。
然る時は少くも毎年984円利益を得べきは確実なり。
尚現今は主として購買のみに止まんとも蔬菜類穀類蚕繭等共同販売をなすに至らば、その利益大に見るべきものあるは必然にして発達するに従い資金融通も益々潤澤なるべく産業の発達に資すること多大なるを信ず。


貯 蓄(原文)

             貯  蓄

貯蓄は貯蓄勤倹の余財を蓄積して独立自営と凶荒予備の資本に充つべきは一般の通則なり。而して本村の如きは概子(がいし おおむね 大体)趣旨を愆まり偶ま貯蓄をなすものなきにあらざれども直ちにこれを引出し独り衣食の資に費し再び貯蓄の念を起こさざるもの多し。これが奨励を試みること久しと雖もその実績を挙ぐる能わざるは実に遺憾とする所なり。然るに明治三十五年本県知事の訓示に基き同年十月県令を以て発布せられたる勤勉貯蓄組合準則により組合認可を請け規約貯金の実行を行うを見るに至りたるは、喜ぶべきことなりと雖もなおややもすれば義務額の蓄積を怠るものあるは慨嘆の至りなり。
故に将来一層の督励を加え、蓄積最低額を現在の二倍に進め拾ヶ年の年期を廃して永久に存績せんことを期す。