今回第四回は最終章「将来の部」農業の続きを行いたいと思います。
また、「 将来の部 」は総論、農業、工業、商業、……と続きますが、③農業(蔬菜・蚕業)を第4回としてアップします。

高田村是 【将来の部】農業

当時の高田村を代表する人たちが、村の未来を真剣に憂い、住民に奮起を促している熱い思いが伝わってきます。

 今回は明治時代の文書で読みづらい箇所もあるので先に現在文でまとめ、その後、当初の原文を後に表記しています。

・蔬菜(野菜)

※文中の見出しはこちらで付けさせてもらいました。

1・村経済を支える野菜(蔬菜)農業の現状

当村の野菜(蔬菜)は、これを総括するとその生産額は1万4544円51銭にのぼり、村内で6449円87銭を消費し、1万8094円64銭を輸出(村外へ出荷)している。これは輸出品の中で最高位を占めており、養蚕業(蚕業)と並び立って村経済のやりくりや融通を助けていることは、実に対をなす「車輪の両輪」のようである。

2・名産「高田ゴボウ」と主要野菜の出荷先

中でもゴボウ(午蒡)はその生産額が最も多く、品質も極めて純良であり、遠近に「高田ゴボウ」の名声(声価)を轟かせている。その輸出価格は1万0421円46銭に達し、これに次ぐものは大根の3423円57銭、青芋(サトイモなど)の2631円90銭、ナスの1266円20銭である。

その他の野菜は微々たるものであり、列挙するまでもない。ゴボウは遠く他府県にまで輸出し、大根は生のまま付近の町村に販売するだけでなく、干し大根(干大根)に加工して郡内の各村に多く輸出している。青芋やナスは、主として鶴崎および大分方面に輸出している。

3・産額が郡内に冠絶する理由と今後の課題

当村の野菜生産額が郡内の中でずば抜けて優れている(冠絶している)理由は、地理上の自然の勢い(趨勢)によってここに至ったものである。ゴボウのごときは古くから盛んに栽培され、村の重要物産となるに至ったが、その始まりの年代は詳しく分かっていない。それゆえに、栽培方法(培養方法)もまた皆すっかり熟練している。

大根やナスなども栽培に心を配り、愛着の念(愛護の念)が深いことが見て取れる。しかしながら、その他の野菜に至っては、栽培や管理がはなはだ大雑把(粗放)であり、見るべきものがない。かつ、その輸出額が極めて少ない(勘少である)ことは、大いに遺憾とするところである。

4・市場の変化と「新生面」への挑戦

そもそも野菜は副食物として、私たちの日常に欠くことのできない食料である。今や社会の進歩や生活水準の向上に伴い、その需要はますます増えており、目新しい外来の品種は日本人の嗜好によく合い、付近の市場において他地方からの輸入品をあちこちで見かけるようになって久しい。

それにもかかわらず、農業者は依然として古い慣習を頑なに守り(墨守し)、さらに新しい局面(新生面)へと手足を伸ばそうとしないのは、やはり靴の上から足の痒いところを掻くようでもどかしく、はがゆい思い(隔靴掻痒の感)を禁じ得ない。

5・唯一の畑(陸田)を活かす高収益化への道

そうではあるが、すでに再三記述してきたように、当村のごときは純然たる農村であり、しかも農業の父母ともいうべき山林がなく、原野もなく、かつ水田もない。唯一の畑(陸田)によって生計を立てざるを得ないのが実情である。

ゆえに、できるだけ(可及的)収益の多い種類を選ぶことは、農業者たる者が常に欠かすことのできない注意の第一の要義である。そして畑は水田と異なり、種々雑多な栽培を行うことができるがゆえに、種類を適切に選択して栽培に心を注ぐならば、水田に比べて耕起や除草などに要する努力はやや多いとはいえ、その収穫(成果)もまたはるかに優越するのである。

6・「一失一得」の土地柄と野菜農家の覚悟

思うに、当村には毎年のように水害に遭うという「一つの損失(一失)」があるとはいえ、その反面には土地が極めて肥沃であるという「一つの利益(一得)」を有しており、至る所で各種の作物が豊作(豊穣)にならないことはない。

そして、作物の中で最も有利なものは野菜類(蔬菜類)に及ぶものがないことは、今さらあれこれと重ねて言う(呶々する)までもないところであり、当村の農業者は残らず「野菜農家としての覚悟」を持たねばならない。

7・改発進取の勇と農会による百方の奨励策

それならば、旧来の小さな成功(小成)に満足して安住することなく、現状を打破して進取の気性を奮い起こし(改発進取の勇を振るい)、目新しい各種の野菜栽培に従事し、集約的な農法によって大いに増収を図らなければならない。特に、改良された方法によって温床(苗床を温める設備)を利用し、時期外れ(不時)の野菜を出荷するに至れば、その利益はまた一層多大となる。

ゆえに、農会(農協の前身)は常に指導や勧誘に努め、補助費を設け、種や苗を購入してこれを配付し、あるいは園芸に熱心な者を選んで補助金を支給して模範となる菜園を設置するなど、あらゆる手立て(百方)を尽くして奨励の策を講じなければならない。

8・将来の展望と増収の試算

そうして、毎年平均して五反歩、すなわち7年間で三町五反歩の新しい野菜園を立ち上げ、さらに段階的にその面積(反別)の増加を期すべきである。

普通の農作物である麦や粟(栗)に比べ、年間50円の増収があるものとすれば、三町五反歩だけでも1750円を得ることができ、将来さらに発展を見るに至れば、その増収数は何万という額を算定するに至るはずである。これは決して、大言壮語(大風呂敷を広げること)ではないと信じるものである。

④・蚕業(養蚕業)

養蚕業は、野菜類(蔬菜類)と並んで我が村の財源における二大要素であり、年間2万344円93銭もの輸出(村外への出荷)を行っています。この養蚕業の改良と発達を推し進める必要があることは、野菜類と合わさって、まるで「両手・両足」のように(村の経済を支えるために)不可欠な関係にあります。

言うまでもなく、養蚕業は国家的な事業であり、中央政府からの手厚い保護もあって、全国各地で競うように奨励や増殖が図られている真っ最中です。それゆえ、我が村の体力が許す範囲内において、十分にこの産業の発達を図らなければなりません。

その方法はさまざまありますが、何よりも「同業者が一致団結し、同じ歩調を合わせること」が最も重要です。これを促進するためには、従来から組織されている「奉公蚕業組合」の活動に頼る(活性化させる)ほかありません。当組合において、徹底して行うべき事業は次の通りです。

  • 一、 蚕の卵(蚕種)の共同購入、およびその保護
  • 二、 蚕の孵化(共同掃立)および共同飼育
  • 三、 共同桑園の設置
  • 四、 共同飼育所の設置
  • 五、 共同販売を行うこと
  • 六、 くず繭(質の劣る繭)の共同整理
組合全体で総合して実行すべき主要設備
  • 一、 生繭(なままゆ)の乾燥所
  • 二、 共同の繭貯蔵庫
  • 三、 共同の製糸場(糸を紡ぐ工場)

これらすべての設備が完成したあかつきには、我が村における養蚕業は着実に進歩し、農家それぞれの利益になるだけでなく、ひいては国家に貢献することにも繋がります。そのため、将来的にこれらの完成に向けて努力しなければなりません。

また、農会(農業団体)は指導や奨励に全力を注ぎ、桑園の新しい植え付けや飼育量の増加を勧め、「春蚕(はるご)の飼育量を1戸あたり平均1枚(100蛾付) 最後を参考」に達律させることを目標とすべきです。

この目標を達成するためには、さらに142枚分の飼育量を増やす必要があります。1反歩(約990㎡)で生産できる桑の葉が、ちょうど蚕1枚の飼育分に相当すると仮定すれば、新しく14町2反歩(約14ヘクタール)の桑園を植えなければなりません。

今、これを「麦や粟(あわ)」の収穫と比較して考えてみます。 麦と粟の(1反歩あたりの)平均収穫額を合わせると28円6銭です。これに対して、春蚕1枚(1反歩分の桑)の収益は50円81銭となり、差し引き22円75銭のプラス(利益)になります。

これを(増産目標である142枚分の)総額に換算すると、3,230円50銭の利益となります。 これはあくまで「現在の生産水準」をもとに算出したものであり、前述した共同事業や設備を徹底したあかつきには、さらにいっそうの利益が出るはずですが、ここではあえて(確実な数字として)記載していません。

[参考]
「百蛾付(ひゃくがつけ / ひゃくがづけ)」は、主に明治から昭和初期にかけて用いられたカイコの卵の取引・生産単位のことです。カイコの雌蛾(メス)100匹分が産んだ卵の量を1枚の台紙に張り付けたものを指します。この時代、養蚕農家は蚕の卵を「蛾付(がつけ)」という単位で購入していましたが、その中でも「百蛾付」は標準的な取引単位の一つとして広く普及していました。


⑤・苗圃(苗木畑)の奨励

当村における苗木生産の状況を見ると、樹木の苗木はすべて(村外への)出荷を目的として栽培されており、その実績はやや良好な状態にあります。しかしながら、その経営規模はきわめて初期段階(未熟)であり、扱っている種類も非常に少なく、わずかにヒノキ、スギ、マツ、クスノキの4種類にすぎません。また、養蚕用のクワの苗木いたっては、必要な分のすべてを他所からの買い入れ(輸入)に頼っている状態です。

当村の地形や土壌の性質から考えれば、苗木畑は最も適した産業というべきです。そのため、農会(農業団体)は指導や奨励に努め、補助金を出して従事者を募り、毎年3反歩(約30アール)ずつ、7年間で計2町1反歩(約2.1ヘクタール)の苗木畑を新設するよう促していく方針です。

そして、植林用の苗木だけでなく、果樹の苗木なども時代のトレンド(需要)に合致しているため、これら様々な種類を栽培して段階的に事業を拡大していく必要があります。同時に、販売先からの信用を獲得し、他地方から入ってくる苗木を圧倒して、当村の一大名産品にまで育て上げるという覚悟が必要です。

これは結局のところ、これまでに何度も詳しく述べてきた通り、「(畑地が少ないため)唯一ある陸田(普通の畑)を使い、あらゆる手段と方法を講じてこれを利用し、収入を増やさなければならない」という村の切実な状況に基づいているものです。

現在の生産状況から計算してみると、普通の農作物に比べて、畑1反歩(約10アール)あたり100円の利益を得られるのは確実です。したがって、計画通りに実行できれば、7年後には村全体で2,100円の増収を達成できる見込みです。

注釈
「輸入・輸出」の解釈: 当時は海外からの輸入だけでなく、他の都道府県や市町村から物資を仕入れることも「輸入、輸出」と表現していました。

農業 ③・蔬菜 原文

<旧漢字を新漢字に代えて表記しています また句読点等がないため勝てながらこちらで入れさせてもらいました。>

三・蔬 菜

本村の蔬菜は之を総括してその価格1万4544円51錢を産し、村内に於て6千449円87銭を消費し、1万8094円64銭を輸出し、輸出品中の最高位をしめ、蚕業と対立して村経済の運転融通を資(たす)くること実に車輪の両輪の如し。
就中(なかんずく)午蒡(ごぼう)はその産額最も多く品質純良にして遠近に高田午蒡の声価(せいか 評判)を有し、輸出価格1万0421円46銭を等し、これに次ぐものは大根の3423円

1円57銭、青芋の2631円90銭、茄子の1266円2千厘なり。
その他の微々たるものにして列挙するに足らず。ゴボウは遠く他府県にまで輸出し、大根は生のまま附近の町村に販売すれども、干大根となし郡中各村に輸出するもの多く、青芋・茄子は主として鶴崎及び大分方面に輸出す。
本村蔬菜の産額が郡中に冠絕せる所以のものは地理上自然の趨勢よりここに至りたるものにして午蒡(ゴボウ)の如きは古來盛に栽培し村の重要物産たるに至りし。年代も詳ならず、從て培養方法亦皆巧熟なり。
大根茄子の如きも培養に意を用い、愛護の念深きを見る。然れどもその他2に至っては培養管理はなはだ粗放にして見るべきものなり。かつ輸出ノ勘少(かんしょう 甚だ少ない)なるは大いに遺憾とする所なり。
そもそも野菜は副食物として吾人の日常欠くべからざる食料にして今や社会進歩生活程度の向上に伴い、その需用益々多きを加へ、新奇なる外來種は能く邦人の嗜好に適し、附近ノ市場に於て他地方よりの輸入品を散見すること既に久し。而して農業者は依然旧慣を墨守し更に新生面に手足を伸ばす事なきはまた以て隔靴掻痒感なき能はず。
隔靴掻痒(かっかそうよう):靴(くつ)の上から痒いところを掻くこと。もどかしくて、はがゆいこと。
然り而して既に再三記述せるが如く本村の如きは純然たる農村にて、而も農業の父母ともいうべき山林なく原野なくかつ水田もなく唯一の陸田に依りて生計を立てざるべからず。
故に、可及的(かきゅうてき できるだけ)收益多き種類を撰むは農業者たるもの常に欠くべからざる注意の第一要義たり。而して畑は田と異なり種々雑多なる栽培をなし能うが故に種類を撰擇し培養に意を注がば田に比して耕耘除草等に努力要することやや多しと雖もその敗穫亦て優越なり。
敗穫(はいかく): 失敗によって失った収穫や被害のこと
蓋し本村の頻年水害に遭うの1失ありと雖もその半面に土地肥沃なるの一得を有し至る所各種ノ作物豊穣ならざるはなし。
而して作物中最も有利なるは蔬菜類に及ぶものなきこと今更に呶々するを要せざるところにして本村農業者は悉く蔬菜農の覚悟なかるべからず。されば旧来の小成に安ざず改発進取の勇をふるい、新奇なる各種蔬菜の栽培に従事し集約法に拠り大いに増収を図らざるべからず。とくに改良法に依り温床利用して不時の蔬菜を出だすにいたらばその利益又一層多大なり。ゆえに農会は常に指導勧誘に努め、補助費を設け種苗を購入して之を配付し、あるいは 園芸熱心家を選び補助金を支給して模範菜園を設置する等百方奨励の策を講ぜざるべからず。而して每年平均五反步即七ヶ年間に3町五反步の新規蔬菜園を起し尚、漸次反別の増加を期すべし。普通農作物の麦栗に比し、年間の利益50円の増収あるものとせば三町五反歩にても千七百五拾円を得べく他日発達を見るに至らばその増収数の至幾万を算するに至るべし。これ敢て大言壮語にあらざるを信ず。

   

農業 ④・蚕業 原文

         四・蚕業

蚕業は蔬菜類と共に本村財源の二大要素にして年々2万0344円93銭を輸出す。これが改良発達を要するは蔬菜と相まって双手の如く双脚の如し。いわんや本業は國家的事業にして中央政府の保護厚く各地競うて奨励増殖を図りっつあるに於いておや。されば村カの耐ゆる範囲内に於て充分これが発達を図らざるべからず。その方法種々あるべきも同業者協同一致同一歩調を以てするを専要なりとす。これを促進せんには従来組織せる奉公蚕業組合活動に求めざるべからず。該組合において励行を要スル事業は次のごとし。
一・蚕種共同購入及保護
二・蚕種)共同掃立及飼育
三・共同桑園の設置
四・共同飼育所設置
五・ 共同販売を行うこと
六・屑繭の共同整理

以上各項外各組合総合して実行すべき要綱次の如し。
一・生繭乾燥所
二・ 共同貯繭庫
三・共同製糸場
以上諸設備完成の暁には本村における蚕業着々進歩して農家各自の利潤たるのみならず進んで国家に貢献する所以なり。
故に将来にこの完成に努めざるべからず。而して農会は指導奨励に全力を注ぎ、桑園の新植飼育の増加を勧め、春蚕
飼育一戸平均一枚(百蛾付) に達しめんことを期すべし。この目的を達せんとせば尚増飼すべき分142枚なり。一反步に生産の桑葉を以て一枚飼育に充つるものとせば14町2反歩の園新栽せざるべからず。今これを麦粟の収穫に比較して考えるに麦栗の平均当たり収穫の価格はあわせて28円6銭にして春蚕一枚収益50円81銭となり差し引き22円75銭の利益あり。然るときは総額3230円50錢なり。これ現況の生産により算出せるものにして前各項励行の暁は尚一層の利益あるべきも今ここにこれを掲げず。

農業 ⑤・苗圃の奨励 原文

       五・苗圃の奨励

本村種苗生産の状況を見るに樹苗はすべて輸出を目的として栽培せるものにして成績やや良好なり。然れどもその規模極めて幼稚にして種類もまたはなはだ少なく、わずかに檜、杉、松、樟の四種にすぎず。桑苗の如きはその需要を悉く輸入二仰ぎつつあり。本村の地勢および地味より考えフルノキハ苗圃は最も適切なる産業というべし故に農会は指導奨励に努め、補助を給して従業者を勧誘し毎年三反歩宛印チ七ヶ年間に2町1反歩の苗圃新設を促さんとす。
而して植林用の樹苗の外果実類の苗木如きは時勢の趨向に適したるものなればこれら各種のものを栽培し漸次事業を膨張し横張シ一面販路の信用を求め、他地方より輸入の苗木を凌駕し村の一產物たるに至らしむるの覚悟を要す。これ畢竟再三縷述せる如く唯一の陸田に依り有らゆる手段方法を講じこれを利用して増収を図らざるべからず狀態に基づくものなり。現在の生産に就き考査するに普通農産物に比し一反歩に付き百円の利益を得るは必然にして予期の実行を遂げるときはセケ年後の2100円の増収を見るべし。