令和8年の高田小学校五年生のアユ、ウナギの放流体験学習は雨天のため中止になり、大野川の学習を高田小学校の体育館で実施されました。
放流体験のために用意したアユ、ウナギの放流は校区自治会、防災協議会、漁協の関係者のみで実施しました。
 これまでアユ、ウナギの放流は川添橋から200mほど上流で行っていましたが、今年は魚を積んだ車が雨でぬかるんだ道を進入できないため、8㎞上流の船本(松岡)で実施しました。
皆さん、童心に戻りはりきっていました。

今日の放流場所となった船本(松岡)

👉船本の渡し・船本分派と導水路  (松岡船本の渡しについて・大野川乙津川野分かれ・越流提までの導水路)

ここで大野川と乙津川がわかれています。
このあたりがかって船本の渡しのあった場所になります。
ここから大津留の越流提まで導水路が続きます。

詳しいことはこちらをクリックしてください。👉船本の渡し・船本分派と導水路   (写真2024-02-18)

大野川の学習

今日は大野川の体験学習だったので、少し説明したいと思います。詳細は船本の渡し・船本分派と導水路をご覧ください。

大野川・乙津川分派(導水路)

どうして船本から大津留の越流堤まで3㎞以上もある導水路を引いたのか。
それは、昭和37年に大吊に越流堤が完成したことにより、それより下流に常時水が流れなくなってしまったためです。そのため、川が汚染されたりし問題が発生しました。
その解決策として、昭和51年から11年間、30億円をかけて完成させました。
これにより、常時は越流堤の下に新たに設けた排水路口から水が流れ、洪水時には越流提を越していきます。

導水路は越流提側(左)と大野川側(右)に分かれます
上側は大野川、下側が越流提側
越流提
溢流堤の上流と下流 (撮影2026-03-27)
越流堤の下流側

船本の渡し

船本には昭和49年まで渡しがありました。そのころまで一番近い町として戸次への船の運航がされていました。船頭は船本の住人がしていました。
しかし、車社会になったことで今は廃止されています。

ここから渡し乗り場に向かっていました
青線あたりが渡しの位置になります

令和8年アユ、ウナギの放流

雨の船本
晴天の船本

放流の準備

開会式

大分漁協の三浦氏
大野川漁協高田支部 釘宮強氏の魚の説明
今日は新旧自治会長が主力です。少し老人パワーですが。

アユの放流

日田の方から運ばれてきたアユをバケツに小分けして放流です。子供たちの喜ぶ姿を見られないのはちょっと断念ですが。

うなぎの放流

このまま家で料理にでもできそうな立派なウナギです。みんな恨めしそうに眺めていました。