《「高田村志」を読む》第二章 沿革
1・大友時代の高田 高田の荘 高田の名が信じるに足るべき書物にでているものとしては、弘安八年(1285年)、大友頼泰(大友家第三代)が豊後国内における領主の姓名及び地位資格を調査し、鎌倉將軍家へ報告した報告したもので、い […]
《高田村志を読む》 第一章 総説
「高田村志」について 「高田村志」は大正九年に書かれた高田の歴史、地理、人物等を記した地誌であり歴史書です。「続高田村志」など高田の歴史についての書籍はこの「高田村志」をもとにしており、「高田村志」は高田の歴史のバイブル […]
大分市高田を知る [令和5年度版]
川に挟まれたこの三角州(デルタ)地区が我が郷土、高田です。 我が郷土の位置、姿は? 高田地区は大野川と乙津川にはさまれた三角州(デルタ)地帯にあり、楽器の琵琶ににていることから、びわのす地区といわれています。周囲を大野川 […]
大野川堤防補強工事が完了しました
川添橋高田側堤防ののり面補強工事が昨年の秋から行われていましたが3月に完了しました。 これまではハマダイコンが茂りモグラがいたそうですが、それが堤防を弱くしていたそうです。大雨のたびに心配しなければならない地区ですが、少 […]
《高田の歴史》第三回 岡松甕谷 <高田信一>
以前、高田信一氏が亡くなられた時に、高田信一氏を偲んで下記の三部作をアップしましたが、分けて記事にしてほしい、という要望があり、その記事を3回に分けてアップしたいと思います。なお、今回アップにあたり、誤字の修正、注釈等を […]
《高田の歴史》第二回 高田の地名の由来とその歴史 高田信一
以前、高田信一氏が亡くなられた時に、高田信一氏を偲んで下記の三部作をアップしましたが、分けて記事にしてほしい、という要望があり、その記事を3回に分けてアップしたいと思います。 なお、今回アップにあたり、誤字の修正、注釈等 […]
《高田の歴史 近代編》中村 黙二
👉高田の歴史 前回、松尾芭蕉の石碑について書きましたが、その建立者ではないか、と言われたのが中村黙二です。高田村初代村長です。どのような人だったのでしょうか。 調べてみようと思ったのですが、資料は余りありません。現在あ […]
高田校区の人口と戸数は?「令和5年1月1日現在」
新しい年が始まりました。年初めの高田校区の世帯数や人口はどうなっているのでしょうか。 自分の住む町の姿を知りましょう。 *大分市住民台帳より計測してみました。 令和5年1月 自治会名 戸数 合計 男 女 15歳未満 […]
《鶴﨑地区の歴史》松尾芭蕉の句碑が!高田(庚申松)、鶴崎大神宮、〈松岡〉御手洗神社、浄運寺、薬師堂
〖<写真クリックで拡大>〗 昨年下徳丸自治会から、東陽中学の前のイチョウの木が茂り過ぎて通学や通行の邪魔になるとのことで市にイチョウの木の剪定を依頼していました。最近散歩しているときれいに剪定され見通しも良くなっていま […]
【高田の歴史】高田輪中 「洲が在八ヶ村」 ふるさとの歴史教室より
鶴崎地区の歴史に興味のある方が集まって「ふるさとの歴史教室」が、鶴崎公民館で毎月一度開催されています。そして、年に一度、会員に配布する会報誌として「研究小報」が発刊されています。(現在、39刊まで発刊されています) 高田 […]









