<鶴崎地区の歴史>「大友氏から肥後藩(熊本藩)までの鶴崎地区の歴史」
※高田村史と書きながら、細川藩(熊本藩)と鶴崎地区のつながりが主になっておりタイトル名との違いがありました。しかしこの記事が多くの人に読まれだしこの際タイトルを変更したいと思います。 内容的には旧、新も内容的には変わりま […]
《「高田村志」を読む》 第三章人物 6・毛利空桑
👉鶴崎地区通信(旧鶴崎市・鶴崎地域) 〈画像click拡大〉 第三章人物 6・毛利空桑を読む前に 第三章人物 4で書いた毛利太玄の息子が毛利空桑です。毛利空桑は高田の三哲、紀行平・毛利空桑・岡松甕谷の一人として高田ではよ […]
《「高田村志」を読む》第三章人物 4・毛利太玄(毛利空桑の父)
第三章人物 4・毛利太玄を読む前に 高田の三哲として紀行平、毛利空桑、岡松甕谷の三人が挙げられ、またよく知られている。しかし、大正の初めに書かれた「高田村志」の中に出てくる高田の人物としてその3人以外に3人の名前が挙げら […]
<「高田村志」を読む>第三章 人物「紀新太夫行平」
紀新太夫行平 <参考> 紀行平の「「高田村志」第二章人物 紀行平」に入る前に、紀行平を年表にまとめてみたいと思います。紀行平については詳細な記録は少なく、伝説に基づくものが多いような気がします。それらをもとに作成してみた […]
《「高田村志」を》読む 第二章(その2) 3・明治以降の高田
3・明治以降の高田 明治元年10月9日鶴崎郡代より、去る9月8日明治改元があったと連絡に来る。明治 2年8月、鶴崎郡代緒方加左衛門が来て、庄屋以下、村民皆に王政維新の趣旨を諭告する。明治3年2月、高田手永代兼兼惣庄屋岡松 […]
《「高田村志」を読む》第二章 沿革
1・大友時代の高田 高田の荘 高田の名が信じるに足るべき書物にでているものとしては、弘安八年(1285年)、大友頼泰(大友家第三代)が豊後国内における領主の姓名及び地位資格を調査し、鎌倉將軍家へ報告した報告したもので、い […]
《高田村志を読む》 第一章 総説
「高田村志」について 「高田村志」は大正九年に書かれた高田の歴史、地理、人物等を記した地誌であり歴史書です。「続高田村志」など高田の歴史についての書籍はこの「高田村志」をもとにしており、「高田村志」は高田の歴史のバイブル […]
《高田の歴史》第三回 岡松甕谷 <高田信一>
以前、高田信一氏が亡くなられた時に、高田信一氏を偲んで下記の三部作をアップしましたが、分けて記事にしてほしい、という要望があり、その記事を3回に分けてアップしたいと思います。なお、今回アップにあたり、誤字の修正、注釈等を […]
《高田の歴史》第二回 高田の地名の由来とその歴史 高田信一
以前、高田信一氏が亡くなられた時に、高田信一氏を偲んで下記の三部作をアップしましたが、分けて記事にしてほしい、という要望があり、その記事を3回に分けてアップしたいと思います。 なお、今回アップにあたり、誤字の修正、注釈等 […]
《高田の歴史 近代編》中村 黙二
👉高田の歴史 前回、松尾芭蕉の石碑について書きましたが、その建立者ではないか、と言われたのが中村黙二です。高田村初代村長です。どのような人だったのでしょうか。 調べてみようと思ったのですが、資料は余りありません。現在あ […]









