<2026-09-01>

9月1日は防災の日です。高田校区では毎年この日に合わせ、水難慰霊祭が行われています。今年も一乗寺の杉本顕庸住職のもと、地域住民ら約20名が出席して開催されました。
 高田地区では昭和18年9月20日の台風26号により「高田村の死者・行方不明者 18人・住宅流出32戸」という大水害が発生しています。
 鶴瀬地区には明治26年10月の台風(死者84名・流出家屋 93戸)で被害にあわれた水難者の慰霊碑が大野川堤防上に立てられていましたが、昭和18年の水害により流され行方不明になっていました。しかし、昭和52年に鶴崎自動車学校の校舎工事の際に慰霊碑が発見され、自動車学校の厚意により再建しました。しかし、老朽化や時代の変化により再建の運びとなり、25年ほどたった平成15年に3月に完成しました。そして同年7月より校区自治会および鶴瀬自治会が主体となる「水難慰霊祭」がスタートしました。<この設立当時のについては今後さらに調査をしたいと思います。>

昭和18年の水害から83年、最初の慰霊祭から23年になります。この慰霊祭これからどういう形になって引き継がれていくのでしょうか。
単なる「形式的な行事」として終わらせるのではなく、地域の防災意識を未来へつなぐ場としてどう育んでいくのか。過去の歴史を学び直すことが、これからの地域防災の第一歩になるとおもわれます。
 鶴瀬自治会では10月には水害等の災害に備えた防災訓練が実施されるそうです。新しい第一歩をふみだしているようです。

始めに、水難者慰霊祭の歴史を振り返ってみましょう。

水難慰霊祭の歴史を振り返る

水難慰霊碑

・昭和52年の水難者慰霊碑除幕式の記事

除幕式の様子 (当時の新聞記事より)

大分合同新聞の12月23日の記事に除幕式の様子が書かれていたので、その一部を書いてみたいと思います。ただ、当時の記事のため、文字が薄くなったり、かけたりしているため、人名については間違いがあるかもわかりません。間違いがあれば後日でも教えていただければと思います。

(合同新聞から抜粋)
<二十二日、この遺族や関係遺族五十人が集まって供養を行った。供養に招かれた六人や参列した地元の人たちは、 「こんなありがたいことはありません。 本当に感謝でいっぱい」と、この碑を再建した自動学校の関係者に深々と頭を下げていた。

 慰霊碑は鶴瀬の市道沿いに再建された。供養には遺族の得丸軍喜さん、徳丸久隆さん、得丸ツヤ子、小玉泰三さん、 川崎康夫さん(以上鶴瀬)、宇〇久吉さん(下徳丸)をはじめ、佐藤市長、地区の 人、高田地区の八自治会長、鶴崎自動車学校関係者の関係者ら約五十人が出席。
遺族の代表の得丸軍喜さん(83)が碑の除幕をしたあと、読経、焼香、佐藤豊鶴崎自動車学校主のあいさつ、来賓の佐藤市長、岡松高田校区 自治部会長らのあいさつ、得丸軍喜さんの謝辞などがあった。

遺族の得丸軍喜さんは、これでみんなの霊もうかばれることでしょう。 こんなうれしいことはありませんと目をうるませていた。いろとりどりのキクの花が飾られ、 線香の煙のたなびく中で参列者は静かに合掌し、いまは昔となった八十四年前の洪水を思い浮かべながら、七十八人の霊を慰めていた。

「水難塔について」 鶴瀬 得丸 嘉平 <平成15年7月 公民館だよりから>

この度校区自治会、及び校区社協が、水難塔修復整備に取り組んで下さいました。 加えて筒井元生さんの御厚意により、 今までとは見違えるほど、 綺麗に整備されました。 水難塔がどこにあるのか、 又どういういわれのあるものか、ご存知ない方も多いと思います。
 場所は亀の井自動車学校の前から鶴鶴に入ると 一番先に目につく所です。
高田は岐阜県の木曽三川と並ぶ、日本2大輪中と言われています。 高田天災記録によると慶長6年より36回、明治になってから今日まで20回と、度重なる水害の被害に遭っています。 特に明治26年10月14日の未曾有の大洪水では、家屋流失 93戸、溺死者 84名、 耕地の荒廃 219 町歩に達し、当時の村民の復興に対する苦労は、並大抵ではなかったでしょう。
又、 昭和18年9月17、18日の大水害の際は、鶴瀬の堤防が決壊、 高田全村が浸水しました。 溺死者18名、 この中には小学生4名の幼い命も含まれていました。 流失家屋32戸、家畜流失24頭、耕地の荒廃100町歩という被害状況でした。
このように水難に遭われた方々を慰霊するために、明治の水難塔は堤防の上に建てられていましたが、昭和18年の水害で、流失していたのです。
昭和18年の水難塔は、昭和30年現在地に、当時の村長他有志の方々により建立されました。昭和52年に、鶴崎自動車学校の御厚意により、流失していた明治26年の水難塔も隣に再建されました。又この度、この様に立派に整備して頂いて大変有難く思います。
 災難は忘れた頃にやって来るといわれます。 これを機会に、 今一度、地域民の皆さんも、防災意識を高め、日頃の備えを見直してみては如何でしょうか。
 機会があったら、 是非この水難塔(慰霊碑) にお参り下さい。


令和8年度水難慰霊祭令和8年度水難慰霊祭

令和8年度水難慰霊祭式次第 

式  場 (一乗寺)


1・開式の言葉

10時、江藤公民館主事の挨拶で令和8年度水難慰霊祭が始まりました。

2・黙 祷

3・読 経

<写真クリックで拡大>

4・焼 香

5・祭主・来賓の挨拶

祭主挨拶(高窪校区自治会長)
来賓挨拶(衛藤博昭衆議院議員)

6・閉式の言葉

10時30分、江藤公民館主事の閉会の挨拶で令和8年度水難慰霊祭が終了しました。