第270回大分ゆうゆうウォーク(松原緑地、三佐、海原周辺コース)が3月1日(日)が開催されました。(詳細は下記)

小中島川と乙津川にはさまれた三佐校区を周回しました。三佐地区は静かな住宅地と新産都としての工業地帯というイメージがありますが、江戸時代には岡藩の飛び地となり「岡藩(竹田)の海の玄関口」として参勤交代に、また岡藩の貿易港として栄えた町となりました。その安全航海を祈ったのが八坂神社です。そしてその航海の安全を監視していた見張り台の山が大分県一低い遠見山です。また、平成元年ごろに、津浪避難場所としてつくられた「三佐命山」もあります。歴史もあり、新産都として発展した三佐地区を歩いてみましょう。

スタート 集合箇所の松原緑地公園

※ 大分ゆうゆうウォーク

👉大分を歩く

「大分ゆうゆうウォーク」は、NPO法人 大分県ウオーキング協会が主催している、大分市内を中心に月に一度<下見を含むと二回>定期的に開催されるウォーキングイベントです。距離は5㎞と10㎞コースがあり、体力に合わせて自由に選べます。
会員は300円、一般参加は500円 (この中には保険料も含まれています)


三佐地区(松原緑地、三佐、海原)を歩く

松原公園の駐車場をスタートに、①天満神社 ②龍神社 ③野坂神社 ➃遠見山 ⑤三佐命山 と三佐地区を歩きます。

松原緑地を出た後、乙津川沿いを歩いていきます。菜の花が咲き、土筆も芽を出しもう春です。

乙津川から三佐を望む 前方は別府湾

①海原天満社

海原天満社は学問の神様・菅原道真公を祀る神社です。菅原道真を祀り、古くから海原の鎮守様として崇敬を集めていますが、 創立年月は不詳。大祭には山車が御輿のお
供をして新町の龍神社(次にアップしています)まで御神幸が行われ、 御輿が社殿に還御すると、 境内で角力を催すのが例となっています。(三佐歴史マップより)

➁龍神社

縁起は不明ですが、 新町の住民が鎮守様として大切にお祀りし、 お世話しています。 海原天満社の春の大祭では、御神輿の御旅所となります。(三佐歴史マップより)

③野坂神社  岡藩の参勤交代を見守り続ける

野坂神社・及び遠見山については前にアップしているこちらからご覧ください。

👉岡藩の参勤交代を見守り続けた野坂神社

  • 船絵馬: 近くの野坂神社には、当時の豪華な御座船(殿様の船)が三佐に入港する様子を描いた「岡藩船三佐入港船絵馬」(市指定有形文化財)が奉納されています。
  • 大ソテツ: 野坂神社の境内には、岡藩の参勤交代時に植えられたという樹齢400年を超す3本のソテツが植えられています。

➃遠見山(とおみやま)   大分県で最も低い山(7.9m) 船の出入りを監視続けた監視台が設けられていた

江戸時代、 三佐を船着場とした竹田中川藩参勤交代の御座船をはじめ、 三佐沖を航行する船の標識として灯台が建っていました。 木造二層の灯台で、遠く国東半島、 佐賀関まで望まれたといいます。山上や麓には、金比羅様の祠や三佐漁協の碑などが建っています。

  • 野坂神社に掲示されている1813年の『岡藩船三佐入港船絵馬』にも描かれており、港の重要性を示す史料となっています。

    (※私の勘違い  大分県で一番低い山とうたわれており、山頂には山東三角点も設置されているため山として思っていたのですが、正式には自然の高い地形を築山してつくられたもののようです。行政上は「山」  地形的には人工の築山である可能性が高いというところでしょうか。 )

⑤三佐命山(みさいのちやま)  津浪避難用の人工の山(高台)

「三佐命山」は、津波避難用の人工高台のことです。標高約10mの人工の丘です。津波被害が想定される地域において、住民が一時的に避難するために整備されました。
頂上にはトイレや倉庫が整備されていました。1000人近くが避難できるそうです。2019年(平成31年)3月に大分市によって建設されました。
また、隣の家島地区にも、同じような「家島命山」ができているそうです。一度見に行きたいと思います。

小中島川沿いを歩く

前方にはENEOSの大分製油所の煙突が見えます。 三佐舟泊(みさふなとまり)は、江戸時代に岡藩が唯一の外港として整備した重要な港で、参勤交代や物資輸送の拠点として利用されていました。
 現在は、地元の漁船だけでなく、瀬渡し船や遊漁船が多く係留されています。

小中島川沿いを歩く
三佐舟泊