当ホームページに鶴崎地区の歴史年表として鶴崎地区各自治会の歴史年表を合算させたものをアップしています
。👉鶴崎歴史年表
しかし、すべてを網羅しようとしたため、各校区の代表的な年表となり、詳細なものが抜けているような気がしていました。そこで各校区別歴史年表を遂次作成してみることにしてみました。
尚、参考文献は「鶴崎地方歴史年表」,「高田村志」・ふるさと松岡・三佐の歴史年表・残しておきたい明治のはなし・ふるさと川添の歴史誌・みんなで学ぼう別保の歴史の歴史等です。
今回は「ふるさと松岡」を参考させていただきました。なお、歴史年表に関しては(安部光五郎編 松岡の歴史年表参照)を参考にしています。

松岡校区 歴史年表
(安部光五郎編 松岡の歴史年表参照)
1・弥生時代~奈良時代
| 時代 | 西暦 | 日本の出来事 | 事 項 |
| 弥生時代 | 前300年頃 | 京が尾遺跡 (松岡京が尾) 宝暦年間(1751~1763) 成松の人が京が尾で京が尾で銅鉾(どうほこ 青銅製の槍状の道具)五振を掘り出した。 | |
| 古墳時代 | 300年頃 | 小牧山古墳跡 (松岡字池の上) 自然の山を利用した高塚式円墳 で、組合式箱型の石棺で、その破片が六、七枚散在していた。 (現在二枚) 明治初年に発掘した。 小牧山古墳出土の舶載鏡(はくさいきょう 中国や朝鮮から渡って来たもの) 昭和五、六年頃出土したという。銅 製の鏡、直径6,7cm、 平緑式内行花紋鏡。 中国 (魏朝) からのものであろうといわれる。 | |
| 古墳時代後期 | 一 の谷川横穴古墳群跡 (松岡字門前寺田) 40数個の横穴が 現在までに発見されている | ||
| 奈良時代 | 700年頃 | 松岡尾崎地区で須恵器が使われはじめる。 このころ、松岡に丹生駅が置かれたといわれる。 | |
| 710年 | 平城京に都が移される 奈良時代の始まり |
2・鎌倉時代~室町時代
| 西 暦 | 年 号 | 日本の出来事 | 事 項 |
| 鎌倉時代 | |||
| 1192 | 建久3年 | 鎌倉幕府が成立 | |
| 1196 | 建久7年 | 8月10日 御手洗神社が建立される。祭神天児屋根命、 品陀 和気命、菅原道真 建久九年(1198) 八幡大神を合祀、貞和 一年(一三四五) 菅原道真を合祀 村社となる。 | |
| 1196年 以降 | 建久7年 | 平通俊が大友氏入国の際の軍功により、 海部郡毛井を与えら 毛井氏と称した。 | |
| 1236 | 嘉禎2年 | 7月28日 平林頼宗が承久の乱 (1211)において、幕府 に忠動した功により、将軍家政所より、 毛井地頭に補任された。 | |
| 1268 | 文久5年 | 1月9日 平林親継が毛井の地頭を継ぐ。 | |
| 1274 1285 | 蒙古襲来 <元寇 文永の役・弘安の役> | ||
| 1308 | 延慶1年 | 長興寺が建立される。 (松岡字梨木東) 本尊観世音菩薩、臨済 宗妙心寺派僧要翁は日向の出身、大友貞宗などの援助により、 本寺を建てる 釈迦堂、 弁天堂などがあったといわれる。 長興寺の開基僧要翁 要翁は玄綱といい、 日向の伊東氏の出 身。京都で修行し諸国を巡る。 | |
| 1336 | 建武3年 | 南北朝時代始まる | 毛井の地頭平林頼澄が足利尊氏の命をうけ平林親澄、氏親らを つれ、一色頼行とともに玖珠城を攻める。 |
| 室町時代 | |||
| 1338 | 足利尊氏 室町幕府を開く | ||
| 1363 | 正平17年 | 菊地武光が、その子武政等に命じて松岡城を攻める。 少弐頼尚等は一八年四国の土佐に逃げる。 | |
| 1366 | 天平21年 | 大友氏豊前出陣の際河野通直の軍に高田人数も行動をともにする | |
| 1467 ~1478 | 応仁の乱 | ||
| 1485 | 文明17年 | 浄雲寺が真宗となる。 (松岡字菰田御手洗) 本尊阿弥陀仏 真宗大谷派 開基は僧空道 (相馬太郎) である。 初め清田 (判田)に寺を創立、のちに真萱村に移転する。 | |
| 1486 | 文明18年 | 12月28日 平林四郎が大友政親から、 高田荘成松名(大分市大字松岡) の内の知行を許される。 松岡の一大地主であった。 | |
| 安土桃山 | |||
| 1543 | ポルトガル船が種子島に漂着。鉄砲が伝わる | ||
| 1550 | 大友 二階崩れの変が起こり、大友義鎮(宗麟)が大友家の家督を継ぐ。 | ||
| 1577 | 天正5年 | 12月5日 柞原宮造営費賦課のため、間別調(軒別割か)した。 成松は五三七間 (軒) である。 | |
| 1580 | 天正8年 | 高田にキリスト教伝導所ができ、松岡にもキリスト教が広まる。 | |
| 1582 | 本能寺の変 | ||
| 1586年~1587年 | 豊薩合戦 豊後と薩摩のあいだで戦争 | ||
| 1586 | 天正14年 | 長興寺の七堂伽藍が島津軍の豊後国侵入の際に焼失する。 | |
| 1590 | 豊臣秀吉全国を統一 | ||
| 1593 | 文禄3年 | 池の上、 成松 松岡 真萱が早川長敏の領地となる。 毛井 、大 津留は福原直高の領地となる。 | |
| 1596 | 慶長1年 | 慶長天満社が建立される。 (松岡字池の上カチ池) 祭神菅原道真、慶長一年(1596) 中尾義政が天神山に観請して創建する。 延宝七年(1679) 中尾義文がカチ池に移転、文政11年(1828) 四月社殿を再建、 境内に神明社がある。 | |
| 1597 | 慶長2年 | 毛井、 大津留、 太田一吉の領地となる。 | |
| 1600 | 慶長5年 | 関ヶ原の戦い | 毛井、大津留、 稲葉臼杵領となる。 |
3・江戸時代
| 西 暦 | 年 号 | 日本の出来事 | 事 項 |
| 江戸時代 | |||
| 1603 | 徳川家康が江戸に幕府を開く | ||
| 1615 | 豊臣氏が滅ぶ | ||
| 1608 | 慶長13年 | 龍泉寺が建立される。 (毛井原の下) 本尊阿弥陀仏、浄土宗、 慶長一三年(1608) 3月、僧円誉路廟の開基。 その後しばしば火災にあう。 | |
| 1634 | 寛永11年 | 池の上、成松、 真萱、松岡が松平忠昭領となる。 | |
| 1637~1638年 | 島原の乱 | ||
| 1658 | 万治元年 | 池ノ上、成松、真萱、松岡が幕府領となる。 | |
| 1660 | 万治3年 | 松岡の境争いがさかんにおこる。 | |
| 1662 | 寛文2年 | 伊藤弥左衛門が天満社を再建する。 (真菅下) 祭神菅原道真 | |
| 1666 | 寛文6年 | 池の上、 成松が幕府領となる。 | |
| 1661~1672年 | キリシタンに対する取り締まりが最も厳しかった時代 | ||
| 1682 | 天和2年 | 池の上、 成松が日田藩領となる。 | |
| 〃 | 貞享3年 | 松平大和守が長崎奉行に送った切支丹宗門親類書によると 切支丹宗門親類書松岡関係では、 真菅村の部に七名が記されている。 ①死罪 三名 ②長崎在牢 二名 ⑧江戸送り 一名 ④許されて村にいる 一名 | |
| 1686 | 〃 | 池ノ上、成松が幕府領となる。 | |
| 1712 | 正徳2年 | 池の上、成松が牧野延岡藩領となる。 | |
| 〃 | 〃 | 12月25日 幸野某が天満宮を信仰する。 尾崎西組の者により建立する。 | |
| 1742 | 寛保2年 | 9月26日 国学者増穂残口が死ぬ。 (八六才) | |
| 1747 | 延享4年 | 池の上、 成松が内藤延岡藩領となる。 | |
| 1783 | 天明3年 | 三月 笹尾溜池ができる。 (松岡字笹尾) | |
| 1789 | 寛政元年 | 大野川通船がさかんに利用され、 主に舟本地区の人々が輸送に携わった。 | |
| 1789 | 井の元溜池ができる。 (松岡池の上字井の元) | ||
| 1798 | 寛政10年 | 5月 大谷池ができる。 (松岡成松字大谷) 岡野茂左衛門が 指揮監督する。 総人夫9500人 水掛八町五反 | |
| 1799 | 寛政11年 | 真萱、 松岡が島原藩預り地となる。 | |
| 1803 | 享和3年 | 豊後国志が完成する | 豊後国志が完成する。 |
| 1810 | 伊能忠敬 第二次の鶴崎地方を測量をする | ||
| 1813 1814 | 高田風土記 高田手永の地誌が編纂される | ||
| 1854 | 嘉永7年 | 池の上字万四郎より大野川に貫通する墜道が、池の上中尾蔵造 らによってできる。 | |
| 1859 | コレラが流行する | ||
| 1867 | 慶應3年 | 【徳川慶喜】大政奉還をする | 真萱、 松岡が熊本藩預り地となる。 |
4・明治・大正時代
| 西 暦 | 年 号 | 日本の出来事 | 事 項 |
| 明治時代 | |||
| 1871 | 明治4年 | 廃藩置県実施 | 7月、廃藩置県により 幕府領に属していた村 日田県に属す。 (真萱村、松岡村) 延岡藩領に属す 延岡県 (池の上村 成松村) 臼杵藩領に属す 臼杵県 (大津留村、毛井村) 11月22日大分県が成立し、 松岡は大分県に属す。 |
| 1872 | 明治5年 | 学制が公布 | 1月 大分県庁が開される。 鶴崎出張所を置く。 松岡は、 鶴崎出張所の管轄。 六月 松岡は第三大区に編入される。 支庁を廃し八郡を八大区 とする。同時に在来の里庄屋を廃し、事務一切を戸長、副戸長が引受ける。 |
| 1873 | 明治6年 | ・3月、松岡は、第三大区第一三区に属する。 各大区に小区を 設け用務所を置き、さらに区長、戸長、 保長を設けて事務にあたる。 ・大津留天満社が村社となる。 (大津留字上の平) ・毛井八幡社が村社となる。 (毛井字宮の脇) ・成松今宮八幡社が村社となる。 (松岡字宮地) ・金刀比羅社が村社となる。 (松岡字代の田) ・玉垂神社が村社となる。 (松岡字鼓鐘樓) ・大原神社が村社となる。 (松岡字大原) | |
| 1875 | 明治8年 | ・3月13日 池の上村、 成松村、真萱村、 松岡村が合併して 松岡村となる ・3月 大小区域の改正。 松岡村、大津留村、 毛井村は第三大 区第一二小区に属する。 | |
| 1877 | 明治10年 | 西南戦争 | |
| 1879 | コレラが流行 | ||
| 1884 | 明治17年 | ・8月30日町村役場所轄区域が発布され、松岡村役場の所轄 区域は松岡村、 毛井村、大津留村となる。 | |
| 1889 | 明治22年 | 町村制施行 | 4月1日 町村制が実施され松岡村 毛井村、大津留村の三村が合併して松岡村となる。 |
| 1892 | 明治25年 | 11月15日俳人安藤石友が死ぬ。 (六八才) | |
| 1893 | 明治26年 | 鶴崎地区大水害 | 4月18日 二又溜池ができる。 (松岡字成松二又) |
| 1894 | 明治27年 | 日清戦争がおきる | |
| 1896 | 明治29年 | 1月10日 明治大分水路の工事を始める。 | |
| 1900 | 明治33年 | 5月 明治大分水路ができる。 | |
| 1904~1905 | 日露戦争がおきる | ||
| 1907 | 明治40年 | 5月 菰田と成松の間の耕地整理が完成する。 面積一七町二反 | |
| 1908 | 明治41年 | 小学校義務教育が6年 | 5月 菰田と成松の間の整理が完成する。 面積一四町九反 |
| 1909 | 明治42年 | ・県道弓立線開通 (鶴崎を起点に明治村・松岡村・判田村・竹中 村・大野郡弓立を結ぶ道、現在の旧道) ・6月一の谷溜池ができる (松岡字門前寺田) | |
| 1910 | 明治43年 | 3月7日 「松岡村々是」を発刊する。 松岡村の戸数 人口、 産業財政その他について詳細に記されている。 村是によると明 治41年12月31日の松岡村の戸数 人口は次の如くである。 戸数600戸、人口3145人 (男1570人、女1575人) | |
| 1911 | 明治44年 | 松岡警察官駐在所を松岡字門前蔵園 (前位置)に設置する。 | |
| 大正時代 | |||
| 1913 | 大正2年 | 11月 松岡字菰田に耕地整理之碑を建てる。 | |
| 1914 | 大正3年 | 第一次世界大戦勃発 鶴崎駅が開業する | ・六月 松岡第二耕地整理が完成する。 面積四一町八反 ・松岡の大久保溜池ができる (耕地整理の時) ・松岡地区に初めて電灯がつく。 |
| 1923 | 大正12年 | 関東大震災が起きる。 | |
| 1926 | 大正15年 | 3月 松岡字蔵園に耕地整理之碑を建てる。 耕地整理は明治四 ○年より大正一四年まで一八年間総経費137870円 総面積四一町八反余 |
5・昭和時代
| 西 暦 | 年 号 | 日本の出来事 | 事 項 |
| 昭和時代 | |||
| 1927 | 昭和2年 | 松岡信用購買販売利用組合 (信用組合)を設立する。 | |
| 1929 | 昭和4年 | 7月1日 松岡郵便取扱所を開設する。 大野川河川改修工事始まる。(昭和四年から一六年に至る継続工事として施行(総工費六〇万円) | |
| 1930 | 昭和5年 | 5月21日 松岡郵便取扱所が松岡郵便局となる。 | |
| 1934 | 昭和9年 | 「干害応急施設耕地事業補助金交付申請書」を出し、その年大谷溜池の修理、改築が行われた。 | |
| 1936 | 昭和11年 | トキハデパートが開店する | 9月26日 松岡郵便局は松岡字蔵園 (前位置)に新築移転 |
| 1937 | 昭和12年 | 現住友化学KK 鶴崎工場が設置される 豊後鶴崎町史を発行 | このころまでに道路拡張がすすみ、 記念碑がたつ。 |
| 1937 | 〃 | 日華事変始まる | 4月15日 松岡公会堂が竣工される。 |
| 1938 | 昭和13年 | この頃より遺骨の出迎えを各地でする。 戦死者の町村葬も各地で行われるようになった。 この頃各地とも応召軍人の家庭に労力奉仕をする。 | |
| 1940 | 昭和15年 | 紀元2600年 | 11月10日 皇紀二六〇〇年を記念して各地で行列 提灯行列をなす。 |
| 1942 | 昭和17年 | 昭和井路工事が始まる | 一一月一日 昭和井路の工事を始める。 |
| 1943 | 昭和18年 | 昭和18年の大水害が起きる | 9月20日 暴風雨による洪水が起こり、 大きな被害を受ける。 |
| 1945 | 昭和20年 | 太平洋戦争が終わる ポツダム宣言受諾 | 10月2日 菰田の御手洗神社で戦争終報告祭をする。 |
| 1947 | 昭和22年 | 明治、高田、松岡、川添にて村立大東中学校ができる | 農協法 (22年11月19日) によって松岡農業協同組合を設立する。 |
| 1950 | 大分郡東部組合立大東中学校が明治・高田・松岡の三中学合併が合併し、金の手にできる。 | ||
| 1951 | 昭和26年 | 4月26日 松岡公民館を設置する。 松岡地区の戦没者共同墓地を松岡字門前林道の上につくる。 | |
| 1953 | NHKテレビ放送開始 | ||
| 1954 | 昭和29年 | ・3月31日 鶴崎町、明治村、川添村、松岡村、高田村が合併 して鶴崎市となる。 ・8月 大野川改修工事に伴う乙津川分流工事について模型実験 の結果、 流堤の位置を松岡大津留字天神ヶ鼻と決定した。 | |
| 1955 | 昭和30年 | 中島橋ができる (長さ203m・幅3.5m 木造) | 12月 大野川溢流堤新設反対期成同盟が結成され、 大津留、毛井の住民は反対運動を行う。 |
| 1956 | 昭和31年 | 4月~34年3月 大野川改修工事に伴う乙津川分流工事を施 行することが決定する。(総予算五一八三〇〇〇〇〇円) | |
| 1957 | 昭和32年 | 川添橋ができる 鶴崎パルプKK鶴崎工場を設立する 第一回別府毎日マラソン | 6月15日 大野川改修工事に伴う乙津川分流工事 (大津留天 神ヶ鼻に越流堤をつくる工事)について、土地収用法を適用する。 8月9日 大分鶴崎臨海工業地帯成計画案が正式に決まる。 |
| 1958 | 昭和33年 | 高田橋ができる 昭和井路の完工式が行われる | 11月24日 昭和井路の完工式を行う。 (963000人の 労力と約九億円を使って完成、水路の延長80㎞、隧道数178。受益面積約1935ha) 2月28日 工業用水工事の起工式を大津留の現地で行う。 |
| 1959 | 昭和34年 | 5月5日 毛井龍泉寺は大野川改修工事のため毛井字表より現在地 毛井字原の下)に移転する。 7月 工業用水を大津留水源地より住友化学工業株式会社取水口まで試送。 11月17日 鶴崎市の上水道起工式を松岡で行う。 | |
| 1960 | 昭和35年 | 3月 鶴崎市の上水道ができる。 7月 鶴崎市農業協同組合を設立する。 10月1日 国勢調査 (松岡校区) 世帯数643 男1666人 女1757人 計3423人 大津留橋ができる (長さ161m、幅3.5mコンクリート橋 | |
| 1961 | 鶴崎工業高等学校が設立される | ||
| 1963 | 昭和38年 | 六市町村が合併し大分市になる | 3月10日 六市町村 (大分市 、鶴崎市、坂の市町、大南町、大分町 大在村)を合併し、新「大分市」が発足する。 |
| 1964 | 東京オリンピックが開かれる マリーンパレスがオープンする 二号地に昭和電工進出決定 | ||
| 1965 | 昭和40年 | 松農園 松ヶ丘柑橘生産組合243580m²などによって松 岡みかんの栽培が開発される。 | |
| 1966 | 昭和41年 | 6月 松岡毛井地区の農業協同改善事業 (区画整理)が完成する。 | |
| 1967 | 昭和42年 | 5月鶴崎農協松岡支所兼松岡公民館を新築する。 | |
| 1969 | 昭和44年 | 6月15日 豊州バイル株式会社ができる。 | |
| 1970 | 昭和45年 | 大阪万博が開かれる よど号ハイジャック事件がある 松岡に東芝大分工場ができる | ・1月21日 東京芝浦電気株式会社大分工場の起工式を行う。 ・7月1日 東京芝浦電気株式会社大分工場が完成 操業開始する ・7月 陽工業株式会社大分工場が完成する。 ・9月1日 梅林建設株式会社機材整備工場が完成する。 ・一二月一五日 松岡郵便局が松岡字辻の下 (現在地)に移転す る。 |
| 1971 | ・別保橋が開通する(コンクリート橋) ・新日鉄操業開始 ・新大分空港が安岐町に開港する | ||
| 1972 | ・昭和47年 大分東郵便局が大東中学跡地にできる | ||
| 1973 | 昭和48年 | 第一次オイルショックが起きる | 3月 県道鶴崎大南線が開通する。 10月 国勢調査 世帯数914 男1835、女2317 計4152 |
| 1975 | 横尾の佐藤益美氏が大分市長に当選 | ||
| 1978 | 第二次オイルショックがおきる | ||
| 1980 | 昭和55年 | 8月 舟本大橋架橋促進期成会発足 | |
| 1984 | 昭和59年 | 3月 松岡公民館竣工 (松岡農協二階より移転) | |
| 1986 | 昭和61年 | 大分東消防署新庁舎落成 8月 | |
| 1988 | 昭和63年 | ・大分市立東陽中学校が下徳丸に新設される ・青函トンネル・瀬戸大橋 開通 | |
| 平成時代 | |||
| 1989 | 平成元年 | 1月7日昭和天皇崩御 1月8日から平成になる | 9月 東芝工場の第二期拡張工事始まる。総事業費700億円 (平成二2年8月完成予定。 従業員数700名増) |
| 1990 | 平成2年 | 2月28日 舟本大橋開通 全長351m、総事業費19億1000万円 | |
| 1999 | 大分スポーツパーク 「ビッグアイ」が完成 | ||
| 2001 | 平成13年 | 明治、松岡の境界に大分自動車道、国道197号線南バイパスが開通する 東九州自動車道の開通 1・宮河内IC~津久見IC間 | 明治、松岡の境界に大分自動車道、国道197号 線南バイパスが開通する |
| 2002 | 平成14年 | FIFAサッカーワールドカップがビッグアイで開かれる | |
| 2005 | 平成17年 | 鶴崎市民行政センター新築移転する。(4F建て)11月 | |
| 2006 | 平成18年 | 「つるさき七輪の街づくり事業」が始動する | |
| 2019 | 平成31年 令和元年 | 消費税が10%になる |
