鶴﨑地区の大分市松岡(毛井)や川添(新田)などには、水害から家屋を守るための「高石垣」を備えた住宅が今も残されています。

特に大分市高田地区は、乙津川と大野川に挟まれた「輪中(わじゅう)地帯」です。歴史資料によると、江戸時代から昭和18年までの約342年間に45回以上もの大洪水に見舞われてきました。

そうした過酷な環境の中で、昔の住民たちは水害被害を少しでも減らそうと、さまざまな工夫を凝らしてきました。

  • クネ(屋敷まわりの生垣・防風防浪林)
  • サブタ(道路上に設けた水門)       
  • 高石垣(敷地全体を高く嵩上げする石垣)
サブタ  (撮影 2020-6-8)
クネ (撮影 2020-6-28)

1. 公民館や防災センターの展示写真

高石垣の写真は高田校区公民館や大分市大野川防災センターにも掲示されており、高田の歴史を伝える貴重な資料となっています。

高田校区公民館玄関内に掲示
高田校区公民館

公民館玄関横に掲示されています。

防災センター
       👉防災センター

防災センター1Fに高田水害の記録写真や地図が掲示されています。

高田の高石垣

防災センターに掲示された高田高石垣

防災センター1F掲示物

2. 鶴崎地区(松岡・川添)の高石垣

高田だけでなく、同じ鶴崎地区の松岡や川添にも、当時の面影を今に伝える見事な高石垣が残されています。
 👉鶴崎地区昭和18年洪水時の水位標

(松岡校区)毛井の高石垣

 👉松岡校区毛井の高石垣 (撮影2024-01-22)

(川添校区)新田の高石垣

撮影 (2026-08-04)

高田の高石垣の記録(現在の姿)

当サイトでもこれまで何度か高田の石垣をご紹介してきましたが、近年では老朽化による崩落や、コンクリートブロック・擁壁への改修が進み、昔ながらの石垣が少しずつ姿を消しつつあります。

そこで今回、地域の貴重な高石垣の記憶をしっかりと残しておくため、「高田の高石垣の記録」として詳細な記録写真を改めて掲載いたしました。ぜひご覧ください。 

なお、写真は令和8年8月8日に撮影したものですが、依然取った写真には撮影した日付を入れています。

①堂園地区

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①方向
②方向
(撮影2026-08-08)
③方向
④方向
⑤方向

➁常行地区

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①ー②方向
②方向
①ー③方向
①ー③方向

(撮影 2026-08-08)
付近 常行神社から北付近

③関門地区

<写真クリックで拡大>

昭和18年洪水時の水位標

家屋表示(撮影2020-4-14)から、公民館駐車場に移設(撮影 2024年)しました。                               

6年前(2020年4月14日)①ー②

現在(2026年8月8日) ①ー②
(上と対比しています)

かっての石垣も新居の造成によって新しく変わっていきます ①付近

③、⑤付近

⑤付近
③から②を望む

④南地区

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旧銀行周辺(造成前) 2020年4月14日撮影                     

旧銀行周辺(造成中) 2025年8月3日撮影 
③付近                

①ー③方向

①-②
②ー③

⑤鶴瀬地区

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この水難慰霊碑は明治26年と昭和18年の大水害によるこれまでの水難者の慰霊がお祀りされています。

👉水難者慰霊碑とその歴史

② 水難者慰霊碑

(撮影2026-08-08)

丸亀地区

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①ー②
①ー②
①ー②

③付近

④堤防付近

⑥上徳丸地区



昭和18年洪水時の水位標

 上徳丸神社周り