鶴﨑地区の大分市松岡(毛井)や川添(新田)などには、水害から家屋を守るための「高石垣」を備えた住宅が今も残されています。
特に大分市高田地区は、乙津川と大野川に挟まれた「輪中(わじゅう)地帯」です。歴史資料によると、江戸時代から昭和18年までの約342年間に45回以上もの大洪水に見舞われてきました。
そうした過酷な環境の中で、昔の住民たちは水害被害を少しでも減らそうと、さまざまな工夫を凝らしてきました。


1. 公民館や防災センターの展示写真
高石垣の写真は高田校区公民館や大分市大野川防災センターにも掲示されており、高田の歴史を伝える貴重な資料となっています。

〇高田校区公民館
公民館玄関横に掲示されています。



〇防災センター
👉防災センター
防災センター1Fに高田水害の記録写真や地図が掲示されています。
・高田の高石垣



・防災センター1F掲示物








2. 鶴崎地区(松岡・川添)の高石垣
高田だけでなく、同じ鶴崎地区の松岡や川添にも、当時の面影を今に伝える見事な高石垣が残されています。
👉鶴崎地区昭和18年洪水時の水位標
(松岡校区)毛井の高石垣
👉松岡校区毛井の高石垣 (撮影2024-01-22)



(川添校区)新田の高石垣






撮影 (2026-08-04)
高田の高石垣の記録(現在の姿)
当サイトでもこれまで何度か高田の石垣をご紹介してきましたが、近年では老朽化による崩落や、コンクリートブロック・擁壁への改修が進み、昔ながらの石垣が少しずつ姿を消しつつあります。
そこで今回、地域の貴重な高石垣の記憶をしっかりと残しておくため、「高田の高石垣の記録」として詳細な記録写真を改めて掲載いたしました。ぜひご覧ください。
なお、写真は令和8年8月8日に撮影したものですが、依然取った写真には撮影した日付を入れています。
①堂園地区
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①方向



②方向


③方向





④方向

⑤方向


➁常行地区
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①ー②方向



②方向





①ー③方向

①ー③方向


(撮影 2026-08-08)
③付近 常行神社から北付近






③関門地区
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昭和18年洪水時の水位標
家屋表示(撮影2020-4-14)から、公民館駐車場に移設(撮影 2024年)しました。


6年前(2020年4月14日)①ー②



現在(2026年8月8日) ①ー②
(上と対比しています)



かっての石垣も新居の造成によって新しく変わっていきます ①付近

④






③、⑤付近


④南地区
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旧銀行周辺(造成前) 2020年4月14日撮影






旧銀行周辺(造成中) 2025年8月3日撮影
③付近



①ー③方向



⑤鶴瀬地区
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この水難慰霊碑は明治26年と昭和18年の大水害によるこれまでの水難者の慰霊がお祀りされています。
👉水難者慰霊碑とその歴史
② 水難者慰霊碑


(撮影2026-08-08)
①

丸亀地区
<写真クリックで拡大>







③付近




④堤防付近


⑥上徳丸地区


昭和18年洪水時の水位標




① 上徳丸神社周り


②











