
令和8年を迎えました。新しい年を迎えて近くの神社に初詣はどうでしょうか。
ここに記載した神社以外にも多くの神社があります。それぞれの神社には長い歴史と地域とのつながりがあります。
<三佐校区>野坂神社

大分市三佐(みさ)にある野坂神社は、戦国時代からの由緒を持ち、江戸時代には岡藩(竹田市)の参勤交代の重要拠点として栄えた神社です。
歴史と由緒
起源: 後柏原天皇の時代(15世紀末〜16世紀初頭)、漁師が海中から輝く石を見つけ、それを熊野権現として祀ったのが始まりと伝えられています。
岡藩との縁
三佐は岡藩の飛地であり、参勤交代の船が発着する港町でした。藩主の中川氏も参拝し、休憩所としても使われていたため、藩からの厚い崇敬を受けていました。
詳しく知りたい方はこちらを 👉岡藩と三佐野坂神社
野坂神社


<鶴崎校区>剣八幡宮

沿革・由来
剣八幡宮は 正保3年(1646年)に創建されたと伝えられています。創建のきっかけは、宇佐神宮の神宝のひとつである剣(御神宝)が行方不明になっていたところ、正保2年(1645) 11月に当所楠木の大木より三鉾の神剱が見つかりました。この知らせを聞いた 熊本藩主・細川光尚 が、
嫡男・綱利の誕生と重なったことを吉兆として社殿造営を命じたと伝わります。
くわしくはこちらをご覧ください。 👉剣八幡宮けんか祭り
剣八幡宮




<別保校区>森町 若宮八幡宮

この神社は、大分市中心部(上野町)にある「若宮八幡社」の分霊を祀る「豊後七社(若宮七社)」の一つとして知られ、地域の歴史と深く結びついた神社です。
由緒と歴史
創建: 鎌倉時代の建久7年(1196年)。豊後守護・大友能直が鎌倉の鶴岡八幡宮の御神霊を迎え、府内(今の大分市中心部)に若宮八幡社を建てた際、その分霊を祀る別宮の一つとして建立されました。
移転の経緯: もともとは「横尾(字岩舟)」という場所にあり「岩舟八幡宮」と呼ばれていました。しかし、昭和40年(1965年)に乙津川の改修工事に伴い、現在の場所(もともと森天神社があった地)へ移築・合祀されました。
森町 若宮八幡宮



<明治校区>八坂神社

所在地:大分県大分市大字猪野654-1
創建については、 弘仁12年(821年)頃に出雲大社から御分霊(神さまの分霊)を勧請(他所から迎えること)した という伝承があります。地元の氏神として信仰されてきました。
境内には「稲荷社(商売繁盛)」や「天満社(学業成就)」もあり、一度に複数の願い事をしたい方にも向いています。
八坂神社



<松岡校区>御手洗神社(みたらいじんじゃ)

寛治元年(1087) 宇佐八幡宮の分霊を勧請し創建されました。 建久4年(1193)春日の大神を合祀、 又北野天満宮の大神を合祀し今日に至っています。 拝殿・幣殿は平成20年改築されました。
境内には安藤石友建立の芭蕉句碑があります。
アートとのコラボ: 大分出身の画家・北村直登氏とコラボした絵馬や御朱印があり、そのモダンなデザインが人気を呼んでいます。
御手洗神社



<川添校区>白嵩神社(しらたかじんじゃ)

大分市迫(鶴崎/川添地区)に鎮座する、創建は平安時代(814年)弘仁5年(814)に創建されたとされる非常に古い地域の氏神・鎮守の神社です。川添地区でも特に古い神社です。
山の中腹の人から忘れ去られたように所に建てられています。でも歴史を考えるとちょっと行ってみたいところです。また、ここからは鶴崎方面が一望できます。
薩摩軍(島津軍)との関連
白嵩神社は戦国時代の戦いで重要な役割を果たしたとされます。
- 天正14年(1586年)、島津氏(薩摩軍) が鶴崎城を攻める際に、白嵩神社を本陣にした ともいわれています。
高台にあり、見晴らしがよいという軍事的立地があったからでしょう。
白嵩神社




<高田校区>高田若宮八幡社
高田若宮八幡社については下記をご覧ください。
高田若宮八幡社





